最高裁判所大法廷 昭和25年(れ)723号 判決 1952年12月24日
主文
原判決を破棄する。
被告人を免訴する。
理由
弁護人阿比留兼吉、同佐々木日出男、同早田福蔵及び同佐々木日出男の各上告趣意について。
本件において火薬類の所持を処罰したのは、明治四四年勅令一六号銑砲火薬類取締法施行規則(以下施行規則という)二二条、四五条を適用したものである。
同規則は日本国憲法施行前制定された命令であるが、日本国憲法施行前の命令の新憲法施行後における効力については、昭和二二年法律七二号日本国憲法施行の際現に効力を有する命令の規定の効力等に関する法律(以下法律七二号という)が制定され、この法律は日本国憲法施行の日から施行された。そして、その一条においては、「日本国憲法施行の際現に効力を有する命令の規定で、法律を以て規定すべき事項を規定するものは、昭和二二年一二月三一日まで、法律と同一の効力を有するものとする」と定めている。右規定にいわゆる「法律を以て規定すべき事項」とは、旧憲法下におけるものではなく、新憲法下において法律を以て規定すべき事項を意味するものと解するを相当とする。しかるに、憲法七三条六号によれば、法律の規定を実施するために政令を制定する内閣の権限を認めると共に、「政令には、特にその法律の委任がある場合を除いては、罰則を設けることができない」と定めている。別の言葉でいえば、実施さるべき基本の法律において特に具体的な委任がない限り、その実施のための政令においては罰則を設けることを得ないのである。すなわち、罰則を設けることは、特にその法律に具体的な委任がある場合を除き、新憲法下においては法律を以て規定すべき事項であって、従って、また法律七二号一条にいわゆる「法律を以て規定すべき事項」に該当するのである。
さて、本件前記施行規則において実施を定めている基本法律である明治四三年法律五三号銑砲火薬類取締法一四条二号においては、「銃砲、火薬類ノ取引、授受、使用、運搬、貯蔵、其ノ他ノ取扱」に関し必要な規定は命令を以て定める旨を規定している。そして、この委任に基づき、前記施行規則二二条は、特に列挙した例外の場合を除き、原則として火薬類の所持を禁止した。そして、同四五条は、この二二条の規定に違反し火薬類を所持する者は、一年以下の懲役又は二百円以下の罰金に処する旨を規定しているのである。しかしながらこのように命令で罰則を規定し得るがためには、新憲法下においては、基本たる法律において具体的に委任する旨の規定の存在することを必要とすることは上述の通りであるが、前記取締法一四条二号の規定による命令、すなわち前記施行規則二二条に違反した者に対し命令を以て罰則を設けることができる旨を特に委任した規定は、基本法である法律の中のどこにもこれを発見することができない。(なお、前記施行規則四五条の罰則は、明治二三年法律八四号命令の条項違犯に関する罰則の件の委任によって設けられたものと認められる。しかし、右法律八四号は広範な概括的な委任の規定であって新憲法下においては違憲無効の法律として新憲法施行と同時に失効したものということができるし、また現実に明文をもって法律七二号三条で新憲法施行と同時に廃止されている。それ故、新憲法施行後においては、前記施行規則四五条の罰則を設けることについては法律の委任は全然存在していないのである。)
よって、前記施行規則四五条で火薬類の所持に対し罰則を設けている規定は、法律七二号一条にいわゆる「日本国憲法施行の際現に効力を有する命令の規定で、法律を以て規定すべき事項を規定するもの」に該当するわけであり、従って昭和二二年一二月三一日までは法律と同一の効力を有するが、昭和二三年一月一日以降は国法として効力を失うものと言わなければならぬ。されば、弁護人佐々木日出男の上告趣意第二点については判断するまでもなく、本件火薬類の所持については、その行為当時(昭和二一年七月上旬頃ないし同二二年一月中旬頃)及び第一審判決当時(昭和二二年七月二九日)には前記施行規則四五条という刑罰法規が存在していたが、原判決当時(昭和二三年七月二七日)においては該刑罰法規は失効し犯罪後の法令により刑の廃止ありたるときに該当するから、原審は旧刑訴三六三条二号、四〇七条により免訴の言渡をすべきにかかわらず有罪の言渡をした違法がある。論旨に理由があり、原判決は破棄さるべきである。
よって旧刑訴四四七条により原判決を破棄し、同法四四八条により更に判決すべきものであるが原判決の確定した銃砲火薬類取締法施行規則違反の事実については、前叙のように犯罪後の法令により刑の廃止があったものであるから旧刑訴四五五条三六三条二号によって主文のとおり被告人に対し免訴の言渡をなすべきものである。
この判決は裁判官斎藤悠輔の反対意見を除き裁判官全員一致の意見によるものである。
裁判官斎藤悠輔の反対意見は、次のとおりである。
憲法九八条一項の規定は、旧憲法時代の法律、命令等の内容、実質が新憲法の条規に反する場合はその効力を有しないことを規定したにとどまり、その法律、命令等の制定の形式が新憲法の場合を含まないものであることは、既に当法廷屡次の判例である。されば、明治二三年九月一八日法律八四号「命令ノ条項違犯ニ関スル罰則ノ件」が「命令ノ条項ニ違犯スル者ハ各其ノ命令ニ規定スル所ニ従ヒ二百円以内ノ罰金若ハ一年以下ノ禁錮(明治四一年一〇月一日刑法施行後は、刑法施行法一九条一項但書により「一年以下の懲役又は禁錮」に変更)ニ処ス」と規定して、憲法七三条六号と異る立法形式の規定を制定してあったからといって、その規定は、憲法施行と共に当然失効するものということはできない。また、同法律によって既に成立した本件明治四四年勅令一六号銃砲火薬類取締法施行規則四五条も同様失効するものと見ることはできない。
なるほど右施行規則の基本法である明治四三年法律五三号銑砲火薬類取締法一六条、一七条等には、同法一一条、一二条等の規定による命令違反の場合に対し罰則を設けているが、同法一四条の規定による命令違反の場合に対しては同法に罰則を設けていないこと並びに同法において特に罰則を設くべきことを命令に委任した明文のないことも事実である。従って、同法一四条就中同条二号の規定に基く同施行規則二二条に違反した場合には、同法中の罰則によらずに、同施行規則四五条の罰則の適用を受けることゝなるのである。この点に関し、多数説は(必ずしも意見が一致せず且つ特に言明を避け、従って、明確を欠くけれども、)同施行規則二二条は、同取締法一四条の委任に基く法律と同一の効力を有する規定であるが、同四五条は、法律の具体的な委任がなく、前記法律八四号のような広汎な概括的な委任の法律に基くから、新憲法上無効であるという考から出発するようである。しかし、そのような戦後派的な考え方は、わが国の従来の立法形式を理解しない、極めて浅薄な考え方といわなければならない。なぜなら、本件についていえば、銃砲火薬類取締法がその一六条以下に罰則を設け、就中、一六条、一七条、一八条において、同法五条若は一一条、一二条、一〇条二項の規定による命令に違反した場合の刑罰を規定したにかかわらず、特に、同法一四条の規定による命令に違反した場合にだけ同法中に刑罰を設けなかったのは、同法立法の際前記法律八四号の規定のあることを当然の前提とし、同取締法に刑罰を設けない命令違反行為(同法一四条参照)については、暗黙に、右法律八四号による刑罰の制定をその命令(すなわち同施行規則)に委任し、特に同法律八四号所定の刑罰よりも重く処罰する必要ある場合(同法一六条、一七条参照)又は特に軽く処罰するを以て足る場合(同法一八条参照)に限り明文を以て刑罰を同取締法自体に規定したものと解するのを相当とするからである。従って前記施行規則四五条のごときも立法の形式からいえば特に前記取締法の委任によらず、前記法律八四号だけによったように見えるけれども、その実質は、既に明治四三年四月一三日制定された同取締法の暗黙の具体的な委任による立派な法律と同一の効力を有する規定と解すべきものであって、決して、昭和二二年法律七二号の対照となるべき命令と見るべきものではないのである。多数説は、前述のごとく法律八四号の規定をば広汎な概括的な委任の法律で、あたかも、かつての総動員法に類するがごとく考えているようであるが、前記法律八四号は、一種の委任立法形式に過ぎないものであって、同法律があるからといって行政庁が得手勝手に罰則を制定し得るものではなく、実際の運用上多くは各法律制定の際その法律中に命令を以て定むべき事項を定め、その命令に違反した場合には前記法律八四号を当然の前提として暗黙にこれによって刑罰を定むべきことを命令に委任し、且つ、現実に罰則制定の際には少くとも司法省(勅令の場合には法制局)に協議して慎重を期していたものであることは顕著な事実である。ところが、新憲法に基く地方自治法一四条五項は、「普通地方公共団体は、法令に特別の定があるものを除く外、その条例に、条例中に違反した者に対し、二年以下の懲役若しくは禁錮、十万円以下の罰金、拘留、科料又は没収の刑を科する旨の規定を設けることができる。」と規定して、ほんのちっぽけな地方公共団体に対してさえ前記明治二三年法律八四号よりも二倍以上の広汎にして概括的な罰則の制定を許容しているのである。しかるに、この新らしい自治法の規定に目を蔽い、ひたすら彼の旧い法律八四号だけを非難するがごときは、驚くべき偏見であり、笑うべき自己矛盾というべきである。
しかのみならず、多数説は、同規則二二条のごとき禁止命令規定は、同法一四条の委任に基く法律と同一の効力を有する規定であるが、同規則四五条のごとき罰則規定は、昭和二二年法律七二号の命令整理の中に含まれ昭和二二年一二月三一日まで法律と同一の効力を有しその以後は当然失効するというのである。しかし、同一の施行規則が分割され、一部の罰則規定だけは、或る期限で失効し、一部の禁止命令規定だけは、その後も依然法律と同一の効力を以て存続し、かくて制裁の伴わない禁止命令だけを徒らに空しく叫び続けるというようなことは、常識からいっても、また、右法律七二号を熟読玩味しても、到底了解することはできない。新憲法の施行に伴う法律というものは、斯くのごとく国民に解らないものであろうとは思われない。故に、多数説は無理であり曲解であると断定せざるを得ない。
なお、多数説は、「該刑罰法規(施行規則四五条)は失効し犯罪後の法令により刑の廃止ありたるときに該当する。」といって、旧刑訴三六三条二号を引用している。しかし、訴訟法に「犯罪後の法令により刑の廃止ありたるとき」というのは、犯罪後の法令により積極的に、すなわち明示又は黙示を以て、既に成立した刑罰を特に廃止するときを指すものである。なぜなら、罪刑法定主義に基く法治国である以上、犯罪者が行為時法によって、処罰されるのは当然であって、行為時法によって既に成立した刑罰法規の効果である刑罰は、その後における大赦又は法令に因って特に消滅廃止されない限り、存続するのは当り前であるからである。しかるに、銃砲火薬類取締法並びに同法施行規則は、本件犯罪後何等廃止又は変更されることなくして存続し、ことに、昭和二五年五月四日法律一四九号火薬類取締法(同年一一月三日施行)は、その附則において、銃砲火薬類取締法を廃止すると共に新法施行前にした行為に対する罰則の適用については、なお従前の例による旨規定したばかりでなく、多数説が失効したと称する旧法施行規則四五条(二二条)に相当する新法五九条(同条二号、二一条)の規定は、その刑罰を却って強化しているのである。
されば、仮りに多数説のいうがごとく施行規則二二条に違反し同規則四五条に該当する罰則の部分が自然に失効したとしても、立法者が既に成立した刑罰を廃止する意思などは到底看取することができないのである。従って、多数説がこれを旧刑訴三六三条二号に該当すると判断すること自体が訴訟法の解釈を誤ったものといわなければならない。
それ故、いずれの点よりするも多数説には反対せざるを得ない。
裁判官河村又介同入江俊郎の補足意見は次のとおりである。
斎藤裁判官の反対意見の中には、多数説は、銃砲火薬類取締法施行規則の「四五条は、法律の具体的委任がなく、明治二三年法律第八四号のような広汎な概括的な委任の法律に基くから、新憲法上無効であるという考から出発するようである」と述べてあるけれども、私共が多数説に賛成したのは、そうした見解をとったためではないのであるから、その点を明らかにしておきたい。
成程私共は明治二三年法律第八四号が定めるような包括的な委任に基いて命令に罰則を設けることは新憲法の下においては許されないものと信ずる。従って新憲法施行後そのような委任に基いて設けられた命令の罰則は無効である。しかし新憲法下において新に設けられたこのような罰則が無効であるということと、旧憲法下において設けられたこのような罰則が新憲法下において無効になるか否かということとは、別個の問題である。
斎藤裁判官も述べているとおり、憲法九八条一項の規定は、旧憲法時代の法律、命令等の内容、実質が新憲法の条規に反する場合はその効力を有しないことを規定したにとどまり、その法律、命令等の制定の形式が新憲法の条規に反する場合を含まない。その意味は、ある法令が新憲法に定めているのとは異なった機関や手続によって制定されたものであるにしてもその法令の定めている内容が新憲法下で許されないようなものでない限り、当然無効とはならないということである。(明治二三年法律八四号は新憲法下では許されないような規定を内容とするものであるから無効である。この点も斎藤裁判官は誤解している。)しかるに銃砲火薬類取締法施行規則四五条は、これを制定した機関や手続が新憲法下におけるものとは異なっていたというだけであって、同条の規定する内容が新憲法下において許されないようなものなのではないから、新憲法の施行と共に当然無効となるものではない。なお明治二三年法律八四号が失効したからとて、その委任に基いて設けられた銃砲火薬類取締法施行規則四五条がそのために当然失効するという理由もない。
以上述べたように、銃砲火薬類取締法施行規則四五条は新憲法の施行と共に当然失効したのではなく、昭和二二年法律七二号一条の規定の結果、昭和二二年一二月三一日限り有効であって、その以後効力を失ったものと解すべきこと、多数説に示されているとおりである。
(裁判長裁判官 田中耕太郎 裁判官 霜山精一 裁判官 井上 登 裁判官 栗山 茂 裁判官 真野 毅 裁判官 小谷勝重 裁判官 島 保 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 岩松三郎 裁判官 河村又介 裁判官 谷村唯一郎 裁判官 木村善太郎 裁判官 入江俊郎)